ジブリ映画「火垂るの墓」を観た感想
家族で「火垂るの墓」を鑑賞
子供の夏休みの宿題で「戦争と平和」についてのレポートを提出しなければならない。
よって、戦争に関するテレビ番組を多く録画していた。
ジブリ映画「火垂るの墓」も録画しており、家族みんなで観ました。
私は過去に一度観ているが、サクマドロップスと横穴で暮らしていることしか覚えていない。
事前に赤色で表現している姿は、霊になった姿と情報を得ていたので、理解しやすかった。
子供なのに、表情豊かに表現するため、シワを描きすぎているのが、違和感があって苦手という記憶もあった。
やはり、ほとんど内容を忘れており、こういう話には助けてくれる人物が1人出てくるのに、まったく出てこず、ただ切なかった。
でも振り返ると、清太が頭を下げたら助けてくれる人はいたのだった。
いじわるな叔母に頭を下げていたら家に住み続けれたし、息絶える前の清太におにぎりを置いていく人がいた。
一般的な視線で見ていたから、セツコが亡くなる時は涙が溢れて仕方なかった。
最後にビル群が出るのは、現在も清太と節子は苦しかった時を霊として繰り返しているとのこと。
さらに、この映画は清太と節子の心中する物語なのだとか...。
高畑勲監督の考えを理解するには、なかなか難しいものがありますね。
サクマドロップス
サクマドロップスは、製造中止と思っていたが、今でもコラボとしてたまに発売されているみたいだ。

鬼滅の刃/第3段として売ってあったので、1個買ってみました。
でも、映画では遺骨を入れているので、複雑な想いがしてしまう。
スポンサーリンク